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第1回現代日本彫刻展
第1回現代日本彫刻展について

著者名:土方 定一


  現代日本の彫刻は、戦後の若いジェネレーションの清新な実験的な意欲によって、全く相貌を新しくしようとしている。と同時に、これまで主題的には肖像、裸婦彫刻に限られていた現代日本の彫刻は、さまざまな主題を彫刻の対象としはじめている。また、さらに現代彫刻は対象を再現することから離れて、形の自由な構築に心理的な象徴的な意味を与えようとしている。

  一昨年、日本で最初の全国彫刻コンクール展を開催して新人作家を鼓舞した宇部市野外彫刻美術館(宇部市常盤公園)で、今年度は第1回現代日本彫刻展を開催することになった。この現代日本彫刻展は10人の作家、批評家の厳密な討論によって、この1年間の現代日本彫刻の秀作作品を展示し、現代日本彫刻のこの年度の展望を与えようとすることにあった。ぼくがしばしば、いうことであるが、現代の彫刻は日本に限らず、ヨーロッパ、アメリカの各国で、室内の置きもの的な彫刻、また実験的な小品彫刻の段階から、野外に置かれる彫刻、建築と共同して生活空間を緊密にしたり、豊かなふんいきを与える彫刻の方向に向かいつつある。ただ、残念なことは現代日本は、共同体、企業体が彫刻にそういう注文制作を大胆に与える段階にいたっていない。

  もっとも、今年度の現代日本彫刻展のなかにも小田襄の「一週間」のように子供のチェアー・タワーの愉しい暗示から得た大人のチェアー・タワーのような動く彫刻もあり、また柳原義達の山口県小郡の農協から依頼されたモニュマンのように、明らかに野外、建築を予想し、注文制作によった作品もある。

  その他の作品でも、土谷武の「作阿員65-3」、江口週の「砂上櫓」、木村賢太郎の「話」、野水信の「祭典に」、広井力の「厨子」、日高頼子の「鳥」その他、野外、建築を予想して製作された作品が多い。室内に置かれる彫刻は、それとして、もちろん、重要な役割をもつことはいうまでもないが、野外、建築を予想して制作された彫刻の多い現象は、現代日本彫刻の顕著な現象といわねばならない。

  彫刻家は画家とことなって、材料費、その他にばく人な費用をかけ注文のない自由制作を黙々と重ねている日本の現状を、ここで思わないわけにゆかない。

  それは、さておき、宇部で開催されている現代日本彫刻展は、以上のような転換期にある現代日本彫刻の総合展という意味で興味深い展覧会となっている。

  宇部市の野外彫刻展は市郊外にある常盤公園の斜面の緑地を展覧会場とし、そこに展示される彫刻は初秋の太陽の明暗をうけて、東京都美術館の彫刻室でみた印象とは全くことなった印象をうけるのを、あらためて驚かないわけにゆかなかった。野外に彫刻が置かれるとき、この常盤公園の野外をきらって、他の場所に置いてくれと叫んでいる彫刻もあるが、多くはくっきりした明暗と、そのときの光線を反映している。と同時に、それぞれの彫刻のもっている空間支配をふんいきによって独自な空間をつくりながら、ぶつかりあっている。

  また、会場をみていると石の直彫(じかぼり)彫刻と金属彫刻が多いことが目だっている。石の堅牢な材質は野外では物体感を保有しつつ確固たる存在となっていることに驚くことになる。また、金属彫刻の場合、たとえば、坂上政克の「B7」の磨かれたブロンズのように、光に反射したブロンズは金属特有の鋭さと、ひろがりをもつことに驚くことになってくる。それが裸婦のブロンズの場合は、ちょうど色層の深い画面のようにこまやかなニュアンスを示すことになる。

  第1回現代日本彫刻展をみて、次に痛感したことは、現代日本の彫刻も、戦後20年を経て、ようやく幅ひろい積層をもちはじめた、ということであった。これはいたずらに彫刻の作風が多様になったというような表面的な印象をいっているのではない。中堅作家は中堅作家として個性的な作品を示し、新人作家は、誰れのエピゴーネンでもなく、現代の経験を、これまた性格的に彫刻としていることである。

  たとえば、今年度の大賞をうけた江口週の「砂上櫓」をあげてもいい。また、その他の受賞の新人作家を挙げてもいい。恐らく、賞の選考過程のなかで、菊池一雄、柳原義達、堀内正和などの作家たちは、すでに毎日新聞主催の国際展、現代展の賞といった国内の重要な賞をうけて高く評価され、自己の造形の必然性を追求している作家であるから、この種の作家を避けたという理由があった、とぼくは想像する。と同時に、選考過程のなかで、新人作家が現代日本の彫刻になかった「彫刻の概念」を大たんに清新に実験したことを称賛したいとする態度があった、とぼくは想像する。そして、この選考過程は、もっとも適した選考過程であった。とぼくは思っている。というのは、われわれが彫刻だと思っているのは一定の型にはまった形体をいっているのではないからである。

  先日も笑ったことであるが、高村(光太郎)さんの彫刻の話のなかに、猫は彫刻になるが、犬は彫刻にならぬとか、なに魚は彫刻になるが、なに魚は彫刻にならぬとか断定的に語っている個所がある。エジプト彫刻をみても、世界彫刻史を顧みても、どんな動物、どんな魚も彫刻になっていないものはないくらいである(これは高村さんの彫刻論を否定している話ではない)。

  また彫刻は日本の縄文期の土偶から仏像にいたるまで呪術の道具であったので、彫刻に託している人間の希願、本能はさまざまである。ほんものに、そっくりなどと彫刻が称賛されるようになったのは、日本でも彫刻が衰退した江戸時代の左甚五郎伝説につながっている俗説である。

  それはともかく、江口週の「砂上櫓」は、日本の小形木造船の形体の美しさが暗示となって、砂上に置かれた櫓の部分の幻想となったのであろうし清潔で強い形体感をもっている。民芸的な形体を越えた日本的な感性と抽象形体の叙情となっている。

  反対に、篠田守男の「テンションとコンプレッション」は、江口週のように、日本の小形水造船の形体からの暗示とか、対象からの発想をもっていない。篠田守男は、なにもない空間のなかに「テンションとコンプレッション」のある空間を設計する技術者となっている。ちょうど、建築家が空間のなかに建築を設計するように、ときに定規とコンパスをもって、この作家の性格的な心理的空間を設計している、作家の現代の彫刻的経験であることに変わりはないが、この作家は江口週とは反対に、自己の経験を建築家のように設計している。こういう点で、篠田は堀内正和、山口勝弘と同系利の作家であるとすれば、小田襄は江口の同系列の作家となってくる。

  石彫刻の野水信の「祭典に」と土谷武の「作品」は、石の材質を生かしたいい作品であるが、野水の石彫は、この作家の幻想のなかに祭典の心理的形体となっている。その反対に、土谷の作品は、抽象形体の組みたての彫刻造形的な面白さに向かっていることは明らかである。今年度の毎日新聞社国際展の大賞をうけた木村賢太郎の作品は上へ上へと自由に組みたてられる作品であったが、土谷のは上と横に自由に組みたてられるスクリーンと彫刻となっている。

  現代彫刻の積層を、ぼくが喜んだのは、たとえば、以上のような系列の成立と新人作家の現代の彫刻的表現による幅ひろい層の厚さのことである。