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第13回現代日本彫刻展
第13回現代日本彫刻展に際して

著者名:河北 倫明


  恒例の現代日本彫刻展も第13回を迎え、四半世紀を越える彫刻展の歴史が、さらに歩みを加えるようである。今回は、例年にも増して大作ぞろいという話で、いっそうの盛観が期待される。

  それにつけても、わが国の美術界も、この四半世紀の間にかなりの変貌を遂げつつある。当初はまず野外彫刻の登場であり、材料面でも手法面でも、いわゆる展覧会彫刻からの脱皮転換が大きな変化をもたらしたが、そのうちに野外彫刻としての手法、様式にだいたいのメドがつけられ、仕事にも一定の落ちつきが出て来たように見えた。しかし、回を重ねるに従って、その中から次第に彫刻としての在りように新しい時代の条件が微妙に反影してきたと思われる。そのことによって、従来とはよほど性質の異なったものが、中身にも、表現にも、さらには彫刻そのものの在り方にも、いつかしら裏づいて来たように見受けられる。そうした点について、若干の感想を、この機会に述べさせて頂こう。

  3年前であったか、私は梅棹忠夫氏にさそわれて、氏や小松左京氏と「美の展示と展示の美」いう題の鼎談をやったことがある。そのときの話の内容を整理すると、大よそ次のようなことである。これまでの美術館における展示は、「美の展示」ということが主体で、何かすばらしい宝もの的な作品を展示して、それを公衆に見てもらうというところに眼目があった。常にその中身となる美の宝ものが中心であって、それを見せるのが美術館でり、そういう眼玉となる宝ものを製作するのが優れた作家ということであった。たとえぱ、モナリザ等を並べるルーブルのようなのが立派な美術館である。この見方を今日の日本に準用すれぱ、例えばミレーの絵を持っている山梨県立美術館のようなのが典型ということになろうか。

  そういうものに対して、1930年ごろニューヨークの近代美術館あたりが始めたテーマを持った展覧会展示は、時にそういう眼玉作品を使いながらも、その眼玉作品そのものに頼るというのではなかった。ひろくさまざまな作例を渉猟し、編集することによって、別の新しい美の世界を演出し、作り出そうと試みるものである。つまり「展示の美」を創作しようとするものだ。このような方法で、何も眼玉的な名作、傑作はなくても、特色のあるそれぞれ多数の作例を編集的に構成することによって、知性と感性の新しいシステムを創作しようとするのが今日的な美術館、博物館の在り方だというわけである。ことに梅棹氏が主宰している民族学博物舘などは、そういう行き方の代表例といってよいし、また、こうした「展示の美」をまとめる行き方の中に、現代の情報社会に応じる美術館の在り方が浮び上っていると見てよかろう。

  この新しい「展示の美」の組み立ての中で大切な要件となってくるのは、まず一点豪華主義的な眼玉美術品だけを中心にしないことである。一点だけであらゆる魅力を総括している名品や傑作を必ずしも必要としないのである。必要としないどろこか、なまじそういうものがあると、今日的な鮮度ある角度の編集や構成が却ってやりにくい。かりに名品や傑作があっても、それを独立し完結した作品として待遇するよりも、何か編集者(解説者あるいは批評家といってもよい)の取りまとめに役立つ一作例として扱われるわけだ。つまり、「展示の美」の理念や目標が優先するのである。

  このような編集優先、批評優先の展示が示す方向は、考えてみると、今日の多様化したさまざまな情報の中で、作風がそれぞれに散らばってやまない事態の中で、加速度的にエスカレートしているようである。いわゆる情報化時代の中で、作品は完結独立しながらすべての魅力を一身に備えるといった式の古典的方式は加遠度的に清算されつつあるかのように見える。作品は、十全円満の在り方から解体したのだ。その解体の歩みは近代に入るに従って歩度を早め、印象派を過ぎ、立体派に入る頃からいよいよ明確に自覚され、抽象様式時代を通りすぎて、さらに本格的な解体時代に入った。やがて、多少の反作用として、解体状態を何かの形で、再び統合に結びつけようという志向が、さまざまな形でこころみられる。

  つまり、いろいろなニュアンスの中で再統合が部分的に実現されつつあると見てもよい。しかし要するに、覆水は盆に帰らないのが実状である。

  このような解体現象、それは別方からみると、社会の工業化、次々とすすむ工業文明の進展と裏腹になって進行している。工業化がもしも進歩であるならば、抽象美術はまちがいなく進歩である。工業化が専門化、部品化、連続体の非運続化であるならば、現代美術もまちがいなく部品化と非連続化の成果の中で誕生していると考えてよかろう。そうして、この工業化が実はいわゆる情報化の前段階であり、情報社会こそが現代社会とするなら、今日の美術は魅力を一身に備えるといった式の昔の独立完結型の作品とは容易につながらず、生れながらにしていわば、非運続型、バラバラ部品型の中にあるといってよい。その意味で、作品がそれぞれ独創的、個性的であればあるほど、社会的には何らかの意味の編集者、解説者、取りまとめ役の存在を必要としていると見なけれぱなるまい。現代美術は、こういう意味で、美術館とか、展覧会企画者とか、自治体とか、企業とか、そうした作品の外にある編集者、解説者、批評家、取りまとめ役の手を待ってはじめて補完されるということになっている。この見方からすると、現代美術は、きわめて多様にして勝手な非連続的感覚情報としてひろがりつつある。ますます多種類化、断片化を深めながら、遠く離れ去った連続的体系に対し、切ない憧れの眼差しを向けながら歩いているということかもしれない。一方に「展示の美」を具現する創造力と才能が必然的に渇望されているということであろう。

  以上は私のとりとめない感想だが、宇部の現代日本彫刻展もやはりこうしたスロープの上に展開しつつあるとすれば、ここで「展示の美」の演出役は誰が担うべきであろうか。予算をもった市当局か、主催の新聞社か、運営委員会か、あるいはさらに端的に、大高さんや、佐々木さんや、川元さんあたりの設営担当委員あたりであろうか。もちろん、それらの綜合体と考えるのが無難であり妥当であろう。それらの綜合された運営機関が、多彩多様に展開される現代作家たちのそれぞれの作品を集結し、編成し、舞台である常盤公園の自然の力を借用しながら、魅力ある「展示の美」を作り出すことができれば、まさにこのピエンナーレの目標が生きてくることになる。

  第13回を迎えた由緒あるこの展覧会は、その歴史の中で、わが国の社会と美術文化の潮流を微妙に投影しながら伸展しつつあるようである。改めて出品作家諸兄の熱意と御協力に感謝するとともに、関与する私どももうっかりしてはいられない。各方面の応援を得ながら、このビエンナーレをさらに今日に意義のあるものとしたいと願っている。