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ときわミュージアム UBE Tokiwa Museum 緑と花と彫刻の博物館

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『宇部の彫刻』
刊行にあたって

著者名:河北 倫明

 このたび、『宇部の彫刻』と題する意義深い図録が刊行の運びとなることは関係者の人として御同慶に堪えないところである。

 本年は、宇部彫刻の実質上の土台として、その歴史をつくり、またその活動の先駆性を世間に知らしめた「現代日本彫刻展」がちょうど第15回展を迎える。この15回に1961年の「宇部市野外彫刻展」、1963年の「全国彫刻コンクール応募展」という前景を加えれば、すでにゆうに30年を越えるこの催しが、今回の出版のだいじな背景であることは確かな事実である。その点からすると、この図録は、文字どおり、宇部彫刻の誇るべき歴史の総まとめであり、これに花をそえる出版であるといってよい。

 思えば1963年の展覧会のカタログに、創立時代の指導者であった土方定一氏が、「参加作家は、この自然環境のなかで、あらためて野外に置かれた彫刻の本質を反省し、彫刻のもつ自然的、精神的環境について反省せざるを得なかったにちがいない。現代彫刻の新しい実験と前進のための第一歩がここにはじまった、といっても誇張ではなかろう」と述べたことは印象的であった。この一文は、戦後日本の中で口火を切った野外彫刻展に対する熱い期待や示唆として大へん感動的だったと、当時の応募者の土谷武氏が回顧している。そうしたところから新芽を出した日本の野外彫刻が、今ではすでに各地で日常化しており、現代彫刻の中でゆるぎない地歩を固めてきているのは注目してよかろう。宇部彫刻の歴史的先駆的な意義は、すでに確定しているということの証左に他ならない。

 このような宇部の彫刻を振りかえるとき、私は昔から言われている「天の時、地の利、人の和」ということばを思い出さないわけにいかない。まさに宇部の彫刻は、そうした3条件を兼ね備えながら、かいわその諧和の中に輝かしい歴史を築いてきたのである。

 その実状を考えると、まずは時代がこの動きを呼びよせた。時は戦後の日本が荒廃から立ち上がり、やがて奮起して高度経済成長の時期に足を踏みこんでいこうとするちょうどその時であった。そのころ私は東京の国立近代美術館にあって、京橋の旧館を脱出して新館を作るべく模索していたが、見わたせば日本全国どこにおいてもそうした打開飛躍の気運が芽生えかけていたのである。

 次に、地の利ということでいえば、宇部は軍需産業壊滅の後を受けた復興の中で、新しい町づくりの方途が求められていた。乾からびたセメントの町が花のある現代社会に脱皮しようとして、一切の閉鎖的偏見を持たなかったという好ましい状況が挙げられるであろう。騒々しい中央都市でないことも却って良かったかもしれない。

 さらに、人の和についていえば、土方定一氏の情熱的なプランに呼応して、星出寿雄宇部市長、岩城次郎図書館長、それに上田芳江女史、また柳原義達、向井良吉の両彫刻家、それに有能な相原幸彦、邦彦兄弟をはじめ、多くの協力者たちを擁して、創設時代から今日の中村勝人市長体制にいたるまで、彫刻推進のためのみごとな連繋活動が成就されてきている。まさに「天の時、地の利、人の和」の好例で、それがこの宇部の彫刻の美しい展開をもたらしたというべきであろう。もちろん、創設以来の応援団であり、良き共催者でもある毎日新聞社が、マスコミ時代の力づよい支えとしてこの3条件の調和を助成したことも忘れてはならない。

 このように考えると、今回の『宇部の彫刻』の刊行は、すでに刊行そのことが意義深いめでたさを象徴している。どうか、せっかくのこの図録が、そうした意義にふさわしく、多くの人々のための良き利用に供せられるよう祈らずにはいられない。最後に、この記念的刊行物に御尽力いただいた当局はじめ御執筆その他の仕事にかかわられた関係各位に対し、深甚の敬意と謝意を表したい。

 1993年1月