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ときわミュージアム UBE Tokiwa Museum 緑と花と彫刻の博物館

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『宇部の彫刻』
都市と彫刻

著者名:大高 正人


 宇部市が30年前から始めた野外彫刻による都市空間への文化運動は、日本の各地にひろがって流行の趣を呈している。中には、ヨーロッパ中世の作品をコピーしたものを全く不似合いな場所に設置したり、出来の悪い彫刻を置いたりするので、彫刻公害だという人もいる。

 年未(1992年)、12月9日、朝日新聞の東京都下版にも、いささか気になる記事がのった。関係者の肩書きなど若干の修正をして、紹介したい。

 「多摩市(都下の)は90年3月に永山駅前に飯田善國さん作の"光と色のささやき"を設置したのを皮切りに、91年3月、唐木田駅前に朝倉響子さん作の"ジル"、今年3月には聖蹟桜ヶ丘駅前に淀井敏夫さん作の"希望"を設置した。制作費三千万円に工事費などを含め、それぞれ四千数百万円をかけた。問題は一律三千万円という三つの彫刻の制作費。市会議員が、作家や彫刻の大きさが違うのに、制作費はみな三千万円というのは奇異な印象を受ける、と価格の基準をただした。これに対して、市の部長は、作家のレベルに応じて制作費を決めた。三つの彫刻とも同じレベルの作家を選んだ結果と説明した。市会議員は、美術の専門誌には、飯田さんが三百五十万円、朝倉さんが四百三十万円、淀井さんが千四百万円と胸像制作費の相場が出ており、同レベルの作家とはいえない。しかも、新宿の百貨店前の朝倉さんの似た作品は五百万円だったと指摘した。多摩市は過去三回とも、作家との交渉から設置工事、除幕式まで、神奈川県箱根町の彫刻の森美術館に委託。制作費や設置工事費などすべての費用を同美術館を通じて支払った。企画委員会の委員長も、同美術館から推薦を受けた建築家の馬場璋造さんが務めた。同じ彫刻の森美術館に委託して彫刻を設置した狛江市の一千二百万円、荒川区の一体二千万円程度と比べてもはるかに高い。美術館のいいなりになっていたのではないかとただした。市は今年度も七千万円の予算を計上し、残る多摩センター駅前にも彫刻を設置する計画だったが、周辺環境や景観との整合性を整備する必要があるとして、いまだに企画委員会も設けられていない。」

 以上、朝日新聞の記事が事実を正しくつたえているとすれば、この件に関しては多摩市の行政は全くの人まかせ、税金の放漫な使い方をいわれても止むを得ない。問題は、作家に、はたしてどれほどの制作費が支払われていたかであり、設置工事などを含めて、これらに関心をはらわなかった市の当局と企画委員会はおそまつの一語につきる。せめてものなぐさめは、作品がすべて一流のものだったことである。これが或る都市のように、ヨーロッパ中世の出来の悪いコピーだったり、二流三流の作品だったら、文字通り、彫刻公害、彫刻スキャンダルなのである。

 これらにくらべて、宇部市の現代日本彫刻展は、高い質を守り公正な運営を30年来続けて変わることがなかった。多摩市の1作品のための予算程度で、公募コンクールを行い現代日本彫刻展をひらき、数点の入賞作品まで購入もしてきている。今年は、ときわ湖水ホールで、公募に応じて集まった数百の作品を展示したので、市民ははじめてそれを見る機会があった。公募に応じた作家は、もちろん若い人々が多かったが、名の通った中堅作家も少なくなかった。これらの中から10点を入賞として、これに招待作家10名を加え20名の作家に、それぞれ制作費を補助して常盤公園でひらかれるのが現代日本彫刻展なのである。宇部市は、これらの諸経費を持つばかりなく、事務の一切、運搬から設置までの工事、展覧会の運営まですべてを市の職員によって行う。30年の間に市の有能な職員が成長しこれを支えて来たのである。このような事業を行い組織を育てて来た、歴代の市長、市議会、ならびに上田先生をはじめ関係者に、私は今あらためて賞賛を送りたいのである。

 毎日新聞社も、地方都市で始まった企画を、辛抱強く育て、日本の代表的な文化事業にした功績は大きい。協賛をしている宇部興産は、はじめの頃は、そのタンカーで作品を運ぶなど展覧会が成立するための手助けをするばかりでなく、引続き宇部興産賞を提供しているのは御承知の通りである。これこそ企業のメセナであるが、さらに事業を盛大にのばし、かつて宇部市民館を寄贈したように、彫刻美術館を寄贈下さるよう期待したい。

 この彫刻展の運営委員や審査委員をつとめられる、日本でも指折りの評論家や彫刻家の諸先生も、ほとんど手弁当で参加して来られた。終始、日本の現代文化に対する熱い心が諸先生からったわってきたのである。

 多摩市の一件から始めて、宇部市のことを語ったのは、都市と彫刻が、都市の経営のすべてにかかわる事業だという事を理解してもらうためであった。都市に設置する作品の良し悪しは、担当する作家の腕の良し悪し、作品のたまたまの出来ばえ――同じ作家も作品の出来不出来がある――設置する都市環境の水準によることは勿論だが、それを実現するためには、すぐれた市政と都市の経営が必須の条件なのである。多摩市のように、金をそろえて人にまかせ切りにするようでは、市全体の文化水準を押し上げることは到底出来ることではない。せいぜいそこに彫刻が1つあるというだけで、うまくいっても泥田に鶴という程度である。

 宇部市のことを大変賞賛したけれどもアキレス腱が無いわけではない。建築や道路や公園を造る、市の職員やコンサルタントの腕前が、日本の水準の平均にまだ及んでいない点である。私は30年間それを我慢して来たが困った事である。地元のコンペで出来上がったときわ湖水ホールが、ようやく水準を抜いた。出来の悪い都市環境を造るくらいなら、しかるべき樹木を植える方がよほど良い。これからの対策を期待したい。